葬儀を通して感じたこと、考えたこと

叔母の葬儀の後の供養

半年ほど前に、叔母が亡くなり葬儀に出席しました。未婚のまま一生を終え、夫も子供もなかった為、弟である父が喪主となり、葬儀はひっそりと雨の日の午前中で執り行われました。叔母は仕事もしていなく、生活保護を受けていました。友達もほとんどいなかったようです。死後に供養してもらえる人もほとんどいません。叔母の一生はいったいなんだたのでしょうか?祖母の介護に長い時間を費やしたというのは知っていますが、恋愛することも、旅行や食べ歩きなどシングルライフを楽しむこともなかったのかもしれません。

私も結婚はしているのですが、子供はいません。未来の自分に重ねてしまい、叔母の人生が気の毒に思えました。来世では、もっと大勢の人と交流し、明るくにぎやかな人生を送れるように、お墓参りに行って供養したいと思います。叔母の一生を教訓にして、これからの私の人生をもっと人と交流して、私の死後には供養してもらえるような生き方をしたいと思います。

それでも、叔母の一生はとても純粋な生き方だったのかもしれません。動物が好きで、祖母とずっと同居していた叔母は猫と犬を飼っていました。穏やかな時の中で、世間のの煩わし事と向き合わずにいれた事は幸せな生き方でもあったのかもしれません。でも、生活保護を受け、兄弟からも疎まれる存在で、世間一般的には生きる価値のない人間として見られていたのでしょう。子供の頃に叔母と遊んだ日々は私の心に幸せな思いでとして刻まれています。

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